西アフリカ某所

大英帝国華やかなりし頃、イギリス本国からは大量の看護婦たちが世界中に派遣されていたそうな。

派遣目的は、基本的にはイギリスの植民地に赴任しているイギリス人への医療の提供で、派生的に現地人への医療提供や現地人の医療教育に携わることもあったようだが、そういった看護婦たちからの報告書が大量にイギリス看護婦協会には送られてきて、それは今でも大事に保管され、閲覧できる史料となっている。

その報告書の中に、こんな記載がある手紙があるそうだ。

「現地人の看護婦見習いの目の前で19回、包帯の巻き方を説明してやって見せてやり、20回目、さあ自分だけでやってみろとさせたところ、彼女は包帯を巻けなかった」

西アフリカ某所に派遣されていた看護婦からの報告書だという。

ざっとこんなことがその本に書いてあった。

これだけなので、この文が長い報告書の中でどういう風に記載されていたのか、呆れていたのか、苦笑だったのか、侮蔑だったのかは分からなかったが、看護助手に採用されたほどの人材であってもこの程度の事ができなかった、ということは個人的には結構ビックリだった。

明治の開国直後の日本にもそれなりの数のイギリス人看護婦が来ていたらしいが、彼女たちの日本滞在報告書については、この本には書いてなかった。